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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)833号 判決

原告

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

野﨑守

被告

小泉征一郎

右訴訟代理人弁護士

角藤和久

被告

株式会社伊勢丹

右代表者代表取締役

服部友康

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

明石守正

道家淳夫

主文

訴外株式会社岩井デザイン事務所が昭和六〇年一〇月一六日に被告小泉征一郎との間でなした同社の被告株式会社伊勢丹に対する売掛金債権二三五七万六〇二九円の譲渡契約につき、右債権額の内金八三六万〇〇四〇円を限度とする部分を取り消す。

被告株式会社伊勢丹は原告に対し、金八三六万〇〇四〇円及びこれに対する昭和六一年二月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨

2  主文第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和六〇年一〇月一六日当時訴外株式会社岩井デザイン事務所(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙滞納金目録記載の源泉所得税の本税、不納付加算税及び延滞税の合計金八三六万〇〇四〇円の租税債権(以下「本件租税債権」という。)を有していた。

2  訴外会社は、被告株式会社伊勢丹(以下「被告伊勢丹」という。)に対し広告製作等の売掛金債権二三五七万六〇二九円(以下「本件売掛金債権」という。)を有していたところ、昭和六〇年一〇月一六日、被告小泉征一郎(以下「被告小泉」という。)との間でこれを同人に対し譲渡する旨の契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結し、同月一七日その旨を被告伊勢丹に通知した。

3  訴外会社は、昭和六〇年一〇月一六日及び同月一八日に手形不渡を出し、同月二二日銀行取引停止処分を受けて倒産したもので、本件債権譲渡契約締結当時既に多額の負債を抱えて債務超過の状態にあり、主たる財産である本件売掛金債権を被告小泉に債権譲渡したことにより、他にみるべき財産がなくなつた。

4  訴外会社は債権者である原告を害することを知りながら、本件債権譲渡契約を締結した。

すなわち、訴外会社の代表取締役岩井良浩は、昭和六〇年八月二八日本件租税債権につきその存在を認めてその納付計画を示し、同年九月五日国税徴収法一五一条一項の換価の猶予を受け、同日国税通則法五五条一項により同社振出の約束手形一二枚(額面総額九〇〇万円)を原告に提供して納付委託をなすなどしており、本件債権譲渡契約締結当時本件租税債権の存在を知悉していた。

しかるに、右岩井は、同社が第一回の手形不渡りを出した同年一〇月一六日、被告小泉に対し、訴外会社の資産負債の内容を明らかにした上、債務処理を依頼するとして本件債権譲渡契約を締結したのであるから、右締結当時、右岩井は本件債権譲渡契約により訴外会社の唯一のみるべき財産である本件売掛金債権を同社から流出させることになり、これによつて原告の租税債権の徴収が困難になることを熟知しながら、右契約を締結したものである。

5  原告は昭和六〇年一〇月二五日国税徴収法六二条に基づき、本件売掛金債権のうち履行期限が同年一一月二一日である金一二〇四万三二三七円に相当する部分を差し押さえ、同日被告伊勢丹に対しその旨を通知した。

6  よって、原告は被告小泉に対し詐害行為取消権に基づき本件債権譲渡契約の取消を求め、被告伊勢丹に対し国税徴収法に従い右差押に係る売掛金のうち金八三六万〇〇四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年二月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告小泉)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実のうち、訴外会社の代表取締役岩井良浩が、原告を害することを知りながら本件債権譲渡契約を締結したこと及び同人が原告の租税債権の徴収が困難になることを熟知しながら同契約を締結したとの点は否認し、その余は認める。

5 同5の事実は認める。

(被告伊勢丹)

1 請求原因1の事実は知らない。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は知らない。

4 同4の事実は知らない。

5 同5の事実は認める。

三  被告小泉の主張

被告小泉は訴外会社から裁判外の手続でその負債を整理し財産関係の清算をすること(いわゆる任意整理)を受任し、金融業者の取立から配当源資を確保して任意整理を公平かつ公正に遂行するために、訴外会社からその唯一の資産である本件売掛金債権の信託的譲渡を受けたもので、本件債権譲渡は実質的にみて訴外会社の一般財産を減少させるものではなく、原告を害する法律行為とはいえない。ちなみに、租税債権といえども、本件のような任意整理手続においては、優先権を無制約に主張することは許されず、確保された資産からの適正な配当により満足すべきであり、被告小泉への債権譲渡はこれをねらつた行為だからである。被告小泉が右債権譲渡により本件売掛金債権の保全手続を採らなければ原告が差押をする前に金融業者が本件売掛金債権を回収してしまう可能性が極めて大きかつた。

また、訴外会社及び被告小泉は、右債権譲渡に際し、同社の財産をできる限り確保し任意整理によつて原告を含む多数債権者に平等な債務の返済をすることを望んでいたにすぎないから、詐害の意思はなかつた。

四  被告小泉の主張に対する原告の認否、反論

被告小泉の主張は争う。仮に本件債権譲渡が被告小泉主張のように任意整理のためになされたとしても、右債権譲渡によりその債権者が交替し、そのために本件売掛金債権から優先的弁済を受けうる原告の租税債権が害されたことは明らかである。

仮に被告小泉が原告を害することを知らなかつたとしても信託法一二条一項により受託者たる被告小泉の善意、悪意に拘らず詐害行為取消は認められる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

請求原因1の事実は、原告と被告小泉との間では争いがなく、〈証拠〉により認められ(但し、滞納金目録中、昭和五七年一月一〇日納期限の一万三二〇〇円の真実の納期限は同月一一日である。)、右認定に反する証拠はない。

二請求原因2について

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三請求原因3及び4について

1  〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社は昭和六〇年一〇月一六日及び同月一八日に手形の不渡りを出し、同月銀行取引停止処分を受けて倒産したこと(この点は原告と被告小泉との間では争いがない。)、昭和六〇年一〇月三一日現在の訴外会社の資産は一八八三万五四七一円に過ぎなかつたのに対し負債は一億七三六六万九四八九円であつたこと、資産のうち主たるものは本件売掛金債権を含む売掛金債権(同日当時約一三八九万円)であつて、それ以外の資産についてはその評価額のとおり現金化できるかどうか疑わしい状況であつたこと、しかるに、訴外会社代表取締役岩井良浩は、同社が第一回の手形不渡りを出した同年一〇月一六日、被告小泉に対し、同社の資産負債の内容を明らかにした上、債務整理を依頼するとして本件債権譲渡契約を締結した(この点は原告と被告小泉との間では争いがない。)ほか、資産一切を被告小泉に譲渡しまたはその管理に委ねたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない(さらに、原告と被告小泉との間では、訴外会社が本件租税債権につき昭和六〇年九月五日国税徴収法一五一条一項の換価の猶予を受け、同日国税通則法五五条一項により同社振出の約束手形一二枚(額面総額九〇〇万円)を原告に提供して納付委託をなすなどして、右岩井が本件債権譲渡契約締結当時本件租税債権の存在を知つていたことも争いがない。)。

右認定の事実によれば、本件債権譲渡契約締結当時訴外会社は既に債務超過の状態にあつて、同社の主な資産である本件売掛金債権の譲渡により、原告は同社から本件租税債権全額の弁済を得られなくなつたのであるから、原告の右租税債権は害されたものというべきであり、かつ、訴外会社はそのことを知りながら本件債権譲渡をなしたものということができる。

2  ところで、被告小泉は、本件債権譲渡契約が原告を害するものであること及び訴外会社の詐害意思を否認するとともに、同被告も原告に対する詐害意思を有しなかつたと主張しているが、右は要するに、債務者が任意整理の配当源資確保のためにその受任者に対してなす財産の信託的譲渡は詐害行為にならないとの法的見解及びそれを前提とする主張にほかならない。

しかし、たとえ債務者が任意整理の配当源資確保の目的でその受任者に対してなす財産の信託的譲渡であつても、これによつて右財産は債務者の一般財産から流出し、その債権者は右財産に対する強制執行等右財産から弁済を受ける法的手段を剥奪され、受任者の自発的な支払を期待する他なくなるのであるから、右譲渡は債権者を害する法律行為であるというべきであるし、債務者に詐害意思があるというためには、当該法律行為によつて債務者の財産が減少し、そのために残余の財産をもつてしては債権者が債務の弁済を受け得なくなることを認識しておれば足り、所論の目的の故に詐害意思の存在が否定されるものではないというべきである。また、任意整理の受任者がたとえ右目的で債務者から財産の譲渡を受けたとしても、そのことをもつて受任者に詐害の意思がないということはできないことは同断である。従つて、被告小泉の右主張は理由がない。そして、右の法的主張以外に被告小泉が、本件債権譲渡契約締結の際、原告を害する意思を有していなかつたことの主張立証はない。

四請求原因5について

請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

五結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下することとし、よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官高田泰治 裁判官矢尾 渉)

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